カノンの韓国地方便り。  

慶尚北道、大邱を中心に韓国の地方あちこちを行ったりきたり。

大邱:日韓友好館で沙也加(金忠善)について学ぶ。

大邱@達城韓日友好館/달성한일우호관

 

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こんにちは。カノンです。

達城韓日友好館を初めて訪れたのは1年ほど前です。

以前よりこの近くは何度も通っていたので、

存在は知っていたんですが、

なかなか行く機会がなかった……というか

行く機会を作らなかったという。

 

この友好館は、

主に韓国と日本の歴史などを展示してある博物館なのですが、

特に沙也加将軍なる人物に関する資料をたくさん保存しています。

沙也加に関しては、時々歴史本などでも目にしたことがあるので、

名前を聞いたことがあるという、その程度の知識しか

なかったんですが、

ある日、司馬遼太郎の『街道を行く2 韓のくに紀行』

 を読んでいたら、やっぱりまた沙也加将軍に関する記述が

出てきんですね。で、もう少し知りたいな、ということで

ようやく出かけた、というわけです。

 

沙也加という人物は、韓国名は金忠善(김충선)というのですが、

文禄・慶長の役の時、加藤清正の配下として朝鮮半島へ渡ったものの

投降し、後に朝鮮軍に加わり日本軍と戦ったという人物。

その際、火縄銃の製造・技術法などを伝えたとされているのですが、

その解説映像なども、この博物館で見ることができます。

かなりのドラマがそこにあったことを知り、見入ってしまいました。

ちなみに、 この博物館のすぐ近くには、

金忠善(沙也加)墓所もあります。

 

博物館の雰囲気だけちらりとどうぞ。↓

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ただ、この沙也加将軍なる人物に関しては

まだいろいろとはっきりしない部分も多いようですね。

日本軍から降伏した日本の武将がいたことは確実と

言われながらも、研究者によると

降伏後の様々な活躍等に関する史料等を調査しても

信憑性の薄いもの、現実離れしたもの、史料により

記録内容が違う等々で、現在もこの人物に

関しては諸説あるようです。

しかし、またそこに歴史のロマンを感じるなあ、と。

 

 

 沙也加の子孫は現在も

達城郡(タルソングン)の嘉昌面(カチャンミョン)

に暮らしています。 観光客が訪れるようなエリアでは

ないのですが、司馬ファンや韓国歴史ファン達の中には

この場所を目的としていらっしゃる方もいるようで、

なるほど。

 

 

 

展示を全部見たら、最後はここでビッグ招き猫と

写真をとっておきましょう!

私はこの日、韓国人のお知り合い7名お誘いして

行ったのですが、全員一緒にここで撮った写真を

見ると、なんだか日韓交流感大アリでした。

 

では、また。

 

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達城韓日友好館/달성한일우호관

Google MAP

 

 


 

 

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